【暮らしのデザイン思考】日常の「モヤモヤ」を明確な課題に変える、デザイン思考の問題定義術
日常の「モヤモヤ」を創造性の源に変えるデザイン思考
日々の暮らしや個人的なプロジェクトにおいて、「何となくうまくいかない」「新しいアイデアがなかなか浮かばない」といった漠然とした「モヤモヤ」を感じることはないでしょうか。特に、創造的な活動に携わる方ほど、このような感覚がアイデア枯渇につながることも少なくありません。
デザイン思考は、この「モヤモヤ」を具体的な課題として捉え直し、本質的な解決策や新しいアイデアを生み出すための強力なフレームワークです。今回は、デザイン思考のプロセスの中でも特に重要な「問題定義」のステップに焦点を当て、それを日常生活や個人的なプロジェクトに応用する方法をご紹介します。
デザイン思考における「問題定義」の重要性
デザイン思考は、「共感」「問題定義」「アイデア発想」「プロトタイプ」「テスト」という5つの主要なステップで構成されます。この中でも「問題定義」は、どのような課題を解決すべきか、その本質を明確にするフェーズです。
多くの人が、表面的な問題に囚われがちですが、本当に解決すべき「根源的な課題」を見つけ出すことが、創造的で持続可能な解決策につながります。例えば、「作業効率が悪い」という問題の根底には、「必要な情報が散らばっている」「ツールの使い方に慣れていない」「作業の優先順位付けができていない」など、さまざまな要因が隠されているかもしれません。
この「問題定義」を丁寧に行うことで、より的確なアイデア発想へと進むことができます。
日常の「モヤモヤ」を具体的な課題に変える実践的なアプローチ
それでは、私たちの日常にある「モヤモヤ」を、どのようにして明確な課題へと変え、アイデアを生み出す土台を築けば良いのでしょうか。ここでは、デザイン思考の考え方を取り入れた具体的なテクニックをいくつかご紹介します。
1. 「5 Whys(なぜを5回繰り返す)」で本質的なニーズを探る
「5 Whys」は、トヨタ生産方式から生まれた問題解決手法ですが、デザイン思考の共感・問題定義フェーズでも非常に有効です。表面的な事象に対し「なぜ?」と問いを繰り返すことで、根本原因や隠れたニーズを掘り下げます。
実践例:フリーランスのイラストレーターのケース
- モヤモヤ: 「最近、新しいイラストのアイデアが枯渇している。」
- なぜ?1: 「クライアントからの依頼がパターン化していて、自分から新しい提案ができていないから。」
- なぜ?2: 「クライアントの真の要望を深く理解できていないかもしれない。表面的なオーダーに応えるだけになっている。」
- なぜ?3: 「クライアントとのコミュニケーションが、納品物を決定する事務的なものになりがちで、背景にある目的や感情を探れていない。」
- なぜ?4: 「短納期で多忙なため、ヒアリングに十分な時間をかけられていない。また、どのような質問をすれば良いか分からない。」
- なぜ?5: 「クライアントの言葉の裏にある『達成したいこと』や『抱えている問題』を意識的に深掘りするスキルが不足している。」
この5回の問いかけを通じて、単に「アイデア枯渇」という表面的な問題だけでなく、「クライアントの真のニーズを引き出すヒアリングスキルの不足」という、より本質的な課題が見えてきました。これにより、「ヒアリングシートの改善」「事前アンケートの導入」「打ち合わせでの質問リスト作成」といった、具体的なアイデア発想へとつながります。
2. 「How Might We(HMW:どうすれば〜できるだろうか?)」で問いを再構築する
「5 Whys」で本質的な課題が見えてきたら、次はその課題を「How Might We(私たちはどうすれば〜できるだろうか?)」という形で問いに変換します。この問いの立て方が、アイデア発想を活性化させる鍵となります。
HMWの問いは、解決策を限定せず、可能性を広げるポジティブな表現を使うのが特徴です。
HMWの例(上記イラストレーターのケースから)
- 悪い例: 「どうすれば、クライアントがもっと詳細な要望を伝えてくれるだろうか?」
- (クライアントに責任を押し付けているように聞こえる)
- 良い例: 「私たちはどうすれば、クライアントの言葉の裏にある真の目的や感情を、より深く理解できるだろうか?」
- (イラストレーター自身の行動に焦点が当たり、解決策の幅が広がる)
別のHMWの例:自宅の整理整頓がうまくいかない場合
- モヤモヤ: 「どうしても部屋が散らかる。片付けてもすぐに元に戻ってしまう。」
- 5 Whysの結果(例): 「収納スペースが不足している」「モノを捨てる決断ができない」「定位置が決まっていない」「使いやすさより見た目を優先しがち」など。
- HMWの問い:
- 「私たちはどうすれば、日々の生活の中で自然に整理整頓が習慣となるような仕組みを作れるだろうか?」
- 「私たちはどうすれば、自分の持ち物と心から向き合い、本当に大切なものだけを残す決断ができるだろうか?」
HMWの問いを立てることで、問題が自分事として捉えられ、具体的な行動やアイデアへと繋がりやすくなります。
3. 「ペルソナ(簡易版)」を設定し、ニーズを深く掘り下げる
デザイン思考では、ユーザーを深く理解するために「ペルソナ」を設定しますが、これは個人での応用でも有効です。自分自身、家族、あるいはクライアントなど、具体的なターゲットを想定し、その人の立場に立ってニーズを深掘りします。
実践例:イラスト作品を通じて新しいファンを獲得したい場合
- ペルソナ(架空のファン像):
- 名前: 田中 悠(28歳、会社員)
- 特徴: 趣味でSNSをよく利用し、アート系の投稿を見るのが好き。特に、心温まるイラストや、物語性のある作品に惹かれる。日常の癒しや共感を求めている。
- 課題・ニーズ: 「漠然とした不安を感じることがある」「SNSで良いものを見つけても、なかなか深く関わる機会がない」「忙しい毎日の中で、少しでも心が休まる時間やコンテンツが欲しい」
- 問いかけ: このペルソナは、私のイラストから何を求めているだろうか? どのような体験を提供すれば、彼のニーズを満たせるだろうか?
このように具体的に「誰」のために問題を解決するのかを考えることで、表面的な要望だけでなく、隠れた感情や行動の背景にあるニーズが見えてきます。これにより、単に「素敵なイラストを描く」だけでなく、「疲れた心を癒す物語を伝えるイラスト」「共感を呼ぶ日常の一コマを描く」といった、より深いレベルでのアイデア発想が可能になります。
問題定義がもたらす内面的な豊かさ
デザイン思考における問題定義のプロセスは、単に目の前の課題を解決するだけでなく、自己理解や新しい視点の獲得、そして創造性の刺激といった内面的な豊かさにもつながります。
- 自己理解の深化: 自分の感情や行動の「なぜ?」を掘り下げることで、無意識の習慣や本当の欲求に気づくことができます。これはマインドフルネスな視点にも通じ、自己成長の機会となります。
- 新しい視点の獲得: 異なる視点から物事を捉え直すことで、固定観念から解放され、これまで見過ごしていた可能性に気づくことができます。
- 創造性の刺激: 漠然とした「モヤモヤ」が明確な問いに変わることで、脳は自然と解決策を探し始めます。適切な問いは、アイデアの泉を開く鍵となるのです。
まとめ
日常生活や個人的な活動において、アイデアの枯渇や漠然とした「モヤモヤ」に直面した際は、デザイン思考の「問題定義」のステップを思い出してみてください。
「なぜ?」を繰り返し、本質的なニーズを探る「5 Whys」。 解決策を広げるポジティブな問い「How Might We」。 具体的な「誰か」を想定して深掘りする「簡易ペルソナ」。
これらの手法は、難解なビジネスフレームワークではなく、私たちの誰もが日常で実践できる思考のツールです。ぜひ、今日からあなたの「モヤモヤ」を創造的なエネルギーに変える第一歩を踏み出してみてはいかがでしょうか。